A sense of Rita Dialogue with TAKESHI KOBAYASHI

vol.01 枝廣 淳子 さん 前編

小林武史が各界のゲストを招いてさまざまなテーマで語り合う対談連載。第1回目のゲストは環境ジャーナリストの枝廣淳子さんです。
気候危機の動向から新しい世界の捉え方まで、幅広くお話しいただきました。前後編でお届けします。

dialogue with Junko Edahiro & Takeshi Kobayashi

切迫する地球温暖化の現状

小林:僕の方からの質問で、あらためて気候危機と言われてる問題っていうのは、現状どういう目標になってるのか枝廣さんに最初にまとめてもらうとすると、おそらく相当厳しいものだと思いますけれども。

枝廣:現状として九州の豪雨もそうですけど世界各地で気候変動としか、それに関連づけざるを得ないような影響が大きく出てきています。私が活動を始めた頃は「そのうち影響出るよ」って言ってたんですけど今は影響が日常茶飯事出るような状況になっている。それに対して何かしないといけないという動きにはなっていて。国際的に合意されてるのはパリ協定ですけど。そこでは産業革命が始まる前に比べて2度以内で収めようと。ただ2度で収まってもかなり気候変動の影響が、ある確率では出てしまうので、それもかなり譲歩した目標なんですけれど。その2度に対しても1度以上上がっているので、余白はあまりありません。あとどれくらいのCO2が出せるかっていう研究は各国の研究者がやっていて。それを見るとかなり急激にCO2を減らして、本当に温暖化を止めるためには出ちゃってるCO2を回収するぐらいのこと、マイナスにしないといけないぐらいになってます。計算してる研究者のなかには、計算はして結果はこうだけどたぶん無理だろうと思っちゃってる人もいます。それぐらい状況が切迫していて。

地球の気温はこれからどうなるの? 1950年から2100年までの気温変化(観測と予測)出典)IPCC第5次評価報告書 WGI Figure SPM.7(a) RCP8.5 高位参照シナリオ(世紀末の放射強中力 8.5W/m2) 2100年における温室効果ガス排出量の最大排出量に相当するシナリオ RCP2.6 低位参照シナリオ(世紀末の放射強中力 2.6W/m2) 将来の気温上昇を2℃以下に抑えるという目標のもとに開発された排出量の最も低いシナリオ 2005年以降の予測部分は複数の気候予測モデルに基づく予測データです。 1986~2005年の平均値を0.0℃としています。 赤の予測部分はRCP8.5(2100年における温室効果ガス排出量の最大排出量に相当するシナリオ)であり、青の予測部分はRCP2.6(将来の気温上昇を2℃以下に抑えるという目標のもとに開発された排出量の最も低いシナリオです。 黒の観測部分は42、赤のRCP8.5は39、青のRCP2.6は32の気候予測モデルの平均を算出しています。 陰影は、個々のモデルの年平均値の標準偏差の範囲を示し、グラデーションは、各RCPシナリオに対して2081~2100年の平均がとる可能性が高い値の範囲を示しています。 最大4.8℃上昇2081-2100年
出典:全国地球温暖化防止活動推進センターウェブサイトより

コロナで経済活動が停滞している間はCO2が減っていたので、CO2を減らすためには経済活動をどうしますか、と。例えばグリーンニューディールとかサステナブルリカバリーとか、コロナから立ち上がる時の経済、アクセル踏むときもできるだけグリーンな形でアクセル踏みましょうというのが、アメリカ、ヨーロッパの動きになってます。日本は残念ながらあんまりそういう議論はなくて、最近経産省が石炭火力の効率の悪いのは閉じるって言ってますけど、積極的に経済を立て直していくときに何を柱にしていくかという話はまだ日本では起こっていないのかなと思っていますが、残念ながら出せるCO2がどんどん減って、それでも出し続けるとするといろいろな災害が増えてしまう。これはいけないと急激にブレーキを踏もうとすると、それでも成り立つ経済はどういうものっていうのを今から考えていかないといけない、今はそんな状況かなと思って。

小林:ある程度わかってはいたことですけれども、あえて冒頭に聞いたとは言え、ややクラクラしてきました(笑)。ですがその危機感もまだまだ伝わりきってないところがあると思うので気を取り直していろんなことを検証していきたいと思います。 枝廣さんとの出会いはもう17~8年前になるのですが、少し振り返りを。アメリカの副大統領が、あれだけ映画もヒットしましたし(2006年公開の映画『不都合な真実』。枝廣さんが日本版の書籍翻訳を担当)、日本でも異例のヒットだったと思うんですけど、今振り返るとあそこからの軌跡というのはどんなことだったのか。どんな印象を持たれていますか?

自分たちの楽しみを手放しても
未来を守ろうと思う人が
少なかった十数年

枝廣:多分、アメリカとかだと石油業界とかのネガティブキャンペーンで温暖化を否定するという戦いが非常に大きくなって。アメリカの世論や人々の意識、行動に影響を与えたと思います。日本はそういう表立ってのネガティブキャンペーンはなかったですが、一人ひとりの捉え方というか、つまり「大きな問題だ」と思っても、最初の頃、温暖化って100年後に起こるっていう言われ方をしていて、「今の自分には関係ない」と多くの人が思っていた。いわゆる世代間倫理っていうのか、自分たちの楽しみを手放しても未来を守ろうと思うという人は少なかったという感じかな。それは人間の性かもしれませんけども、自分に降りかかることは一生懸命やるけど、降りかからないことはやらない、ということ。目先を優先してしまうっていう、それがすごく出ちゃってるなって思った。

小林:今の国連のSDGsにしてもようやくサステナビリティと世界のいろんな問題が繋がってるんだってところまでやっとみんなが認識できるぐらいで。一面的じゃないんだけど、相対主義っていうのか、要するにいろいろな理由が巡り巡っているんだという、日本人は特に煙に巻くというか、理由付けの多さに忖度しているみたいなところありますよね。

枝廣:もう一つ初期のころの、『不都合な真実』が出た頃の問題のフレーミングの仕方が「環境か経済か」っていうフレーミングだったんですよね。そう言われると「経済でしょう」と。「まず食っていかないといけないでしょ」ということが強かった。まあ私は常に楽観的というか希望を失ったことはないんですけど、今は、「環境か経済か」ではなく、「環境をやることが経済につながる」っていう。再エネシフトが起こっているのも環境守るためじゃなくて「その方が安いから、儲かるから」になっているので、残念ながら「利他」の精神で行動をとってるわけじゃない。利己主義の結果、行動をとると結果環境にもいい方向になってきた。まあ残念ですけど、それでも動いていく方がいいかなって思ってますけどね。今はそういう感じかと思っています。

小林:ゴアさんの『不都合な真実』から今に至るまでの、何度も気づきはあるんだけど、それを潰そうとする動きがあるっていうのは、特にアメリカの場合わかりやすいなって思うのは、今権力を持ってる人、既得権を持ってきた人たちは、それを組み替える必要がない形で来たわけでしょう。

枝廣:アメリカって言葉わるいかもですが単純なんですよね。単一基準というか、儲けたお金もしくは資産がその人の価値を決める、みたいな、ものさし一つしか持ってないので。そうすると既得権益をぜったいはなさないということになっちゃう。ただそれはアメリカ的なものだけでなくて、アメリカ文化がこれだけグローバルに影響力を持つようになったのは、そういうものがわかりやすい、自分もそれを使おうという世界の人たちが、日本も含めていたからだと思っています。先ほどの私利私欲の話で、例えばエネルギー問題では石油業界などが自分たちを守ろうとしてゴアさんを非常にバッシングしたし、いろいろ情報を撹乱するキャンペーンをはって、いまだにゴアさんは苦労が続いていると思います。

世界は新たな連帯に向けた
希望が。だけど日本は?

枝廣:これは余談なんですが、私がもともと通訳をやっていて、通訳をやめて環境問題に身を投じるようになったきっかけがそこと関連しているのでちょっとだけ余談話をすると。通訳をやっていた時、アメリカをはじめグローバルな石油業界の国際会議が日本で行われたことがありました。90年代の終わりか、それぐらいだったと思うけれど、私は通訳会社から派遣されてその会議の通訳に入ってたんですね。その時の石油業界の人たちの発言が、全て「温暖化はウソである」とか「科学者はとんでもない」という、温暖化を認めない発言がずっと繰り返されていて。私は温暖化を信じていたし、そういった発言を通訳しなきゃいけないというのが自己矛盾だと思ったんですね。「やってらんない」と思って。通訳は見入りはいいんですけど、こういうことを言わないといけないんだったら辞める、って言って。自分が本当に大事だと思うことだけを話したいと言って通訳を辞めたという自分の歴史があります。収入は何分の一になってそれはそれで別の苦労はありましたけれど。その「単一基準」が、本質とか循環を排除するものだし、いまそれがアメリカでも世界中でも、SDGsって多元基準ですよね。あちらをたてれば、こちらが立たずってことがおこりやすい。でもそれをみんなで受け入れてやっていこうっていうようにグローバルにもなってきた。それは多分、人間がちょっと進化しつつあるのかなって思ってます。

小林:アメリカの既得権益は本当に根深いものがあると思いますが、オコネルさんとかサンダースさんを支持している若い人たちを中心にグリーンニューディールなどの政策もあります。アメリカは多様な民族、マルチカルチャリズムの国でもあって、新たに若者が見出そうとしている未来は、サステナビリティという方向に向かっていると思います。ロスやサンフランシスコの彼らの食生活は例えばオーガニックとかベジタリアンとかビーガンとか、その生き方を含めて変化しながらそういう指向をする人たちは増えている。みんなでそういうバランスを取ろうとしている。僕はそこは注目したい。
それと、Black Lives Matterに参加している白人の人たちの多さ。自分が白人であること自体も含めて「放っておいたらいけない問題だ」っていう事に気付いて参加している人が世界にも広がり連帯しているっていうのはすごく良い傾向だと思ってるんです。
じゃあ日本の問題、僕ら日本人は、比較して激しい既得権益とのぶつかり合いもなく、格差の問題も曖昧で、ましてや人種の問題の軋轢、ストレスとかに直面しているわけでもないのに、なぜこんなに本質的な環境問題の話が逸れてしまったり、混ぜこぜになってしまったり、本質がみえなくなってしまうのか。やっぱり安倍総理の時代から出て来た「忖度」っていう言葉。何に忖度してるのかわからないんだけど、なんとなく自分たちが作るんじゃない、「誰かがやってくれてるんだ、どうせ」なのか、独自なものを感じるんですが、この辺りはどうです?

枝廣:そうですね。それはすごくあると思いますね。例えば既得権益の激しいぶつかりあいもないっていうのもその通りで。まず敵が見えない。例えばアメリカで石炭、石油の業界が温暖化を否定したり、経済優先っていう時はかなり既得権益が前面に出ているので戦いやすいんですけど。日本の場合、私、経産省とかの委員もやっていたのですが、例えば民主党の時代に311の後に「原発何パーセントにしますか」みたいな議論とか、最近だと安倍総理の長期成長戦略の委員会とか入って、いわゆる経団連の会長とか経済界の重鎮とかがそういう委員会には必ずいて、私とはまったく違う意見なんですが。ただその人たちは自分の既得権益や私利私欲のために、私たちから見ると「違うんじゃないか」と思う発言をしてるわけじゃなく、その人たちはその人なりに自分たちの業界や社会のことを思って「やっぱり原発や石炭火力も必要でしょう」って言っている。彼らが既得権益や私利私欲のために「原発必要でしょう」って言ってるならば攻撃しようもあるんですけど、そこがアメリカと違うなということと、忖度とか同調圧力というのは日本はすごく強いと思うんですけど、ただ今回のコロナでもマスク2枚配ったぐらいしかやってないのに、これだけ感染率低いっていうのは、国民の忖度や同調圧力がある意味効いてるからじゃないかなと。ただ、「いなす」とか「かわす」とかそういう戦い方、日本の武術がそうだと思うんですが、それはそれで勝つことにつながると思うので。戦い方が違うのかなとは思いますね。

(以下、次号)

PROFILE枝廣 淳子

大学院大学至善館教授
幸せ経済社会研究所所長

『不都合な真実』(アル・ゴア氏著)の翻訳をはじめ、環境・エネルギー問題に関する講演、執筆、企業のCSRコンサルティングや異業種勉強会等の活動を通じて、地球環境の現状や国内外の動きを発信。持続可能な未来に向けて新しい経済や社会のあり方、幸福度、レジリエンス(しなやかな強さ)を高めるための考え方や事例を研究。「伝えること」で変化を創り、「つながり」と「対話」でしなやかに強く、幸せな未来の共創をめざす。

心理学をもとにしたビジョンづくりやセルフマネジメント術でひとり一人の自己実現をお手伝いするとともに、システム思考やシナリオプランニングを生かした合意形成に向けての場づくり・ファシリテーターを、企業や自治体で数多く務める。教育機関で次世代の育成に力を注ぐとともに、島根県海士町や熊本県南小国町、北海道下川町等、意志ある未来を描く地方創生と地元経済を創りなおすプロジェクトに、アドバイザーとしてかかわっている。